すべからく誰しも悪を憧れる事がある。
遅いか早いかの違いはあれど、誰にだってそんな時期はあったはず、それが心理だ。
ただ、その憧れた「悪」ってのは本当に悪だったのだろうか。
場末のピカレスク小説に出てくるちっぽけなチンピラの悪と、大きすぎて見えない搾取の悪。比べてみれば差は歴然だけれども。
その「差」ってなんなのだろう。

闇金ウシジマくんの登場人物はどこか必ずまともなのだ。
みんなまともなのだけど物語が狂いだすのだ、それがこの漫画の肝と言ってもいいと思う。
まともな世界の片隅に突如として現れた落とし穴。
それに足を取られた者は大抵に首の辺りまでドップリ浸かってしまう。
ただ、首の上だけはまともな世界にある。
その首の上の世界のせいで彼らは苦しんでいるのだ。
裏と表、どちらが悪なのか。
思春期程度の悪への憧れでは本書を読んでは欲しくない。
どちらかと言えば、夢の国の下水事情やネズミとアヒルの中の人の順列。
そんな物に興味の有る人に読んで頂ければ面白いんじゃないかと。
そう思うわけです。






ISBN:409187343X コミック 真鍋 昌平 小学館 2005/10/28 ¥530

ミドリカワ書房

2005年11月6日 音楽
ひび割れた音を嗚咽の如く吐き出すバイト先のスピーカーは特に低音に弱い。
だから有線の利点なんて少しも享受できないし、僕は音楽の流行には相当に疎いんだ。
ただ、僕はそのスピーカーに一つだけ好きな所がある。
それは、例えば。

乾いたリュートの響きが草原を撫でる様な前奏、そんな表現と言うよりも狂言と言った方が正しい御託を並べる。
やがて序々に何かが近づいてくる気配に耳をそばだてれば「ゴゴゴ・・・」って感じの雰囲気。
そしてサビになっても突き放してくれない心地よさ、それと裏腹のリアルっぽい歌詞。
それがミドリカワ書房なのです。
例えば、「顔2005」と言う曲の一部を切り取って貼り付けてみます。

明日こそはママに打ち明けよう
私 整形手術がしたいの
私 もうこんな顔 嫌なの
恋がしたい 恋がしたい 恋がしたいの

ママが言うことだって 私も理解しているわ
だけどママの綺麗だから
絶対わからないわ

女になりたい 男を感じたい
もう耐えられない 助けて ねぇお願いママ

パパにはまだ言わないでおいてね
明日私が自分で言うから
そんな悲しい顔しないで
ママって泣き顔も綺麗だよね

普通、自分に関して「整形」って単語使います?
こちとら切羽つまってんよ!、だからジョジョに狂う女心にも納得よ!そうでしょママ?
みたいなね、そんな似否リアルをニヒルに歌うんだからねこいつはおもしれぇや、みたいなね。
正直、こんな斜めに世界を見てる人は大好きです。
妄想系多重人格シンガーを標榜するミドリカワ書房はTHEピロウズよりも分かりやすいあざとさと、やけに広い入り口を持っています。
だから、騙されたと思ってさ、聴いてみてよ。
今まで外れなんて紹介したこと無いでしょ。
もちろん当たりの定義なんて僕は知らないですし。
ただ、僕がこうやってクサすのはそれだけ好きな証拠だからさ。
まぁ聴いてみてよ。ね?

11月6日の日記

2005年11月6日
お久しぶりです、皆様。
無事に何事も無い日々をのうのうを送っていた訳では無いのです、僕は。
最初にこんな幼稚なトートロジーの否定文を組むほどに、凄惨極まる日々を送っていたのです。
んまぁ、こうやって久方の日記を書き込んでるっつぅんだから、そんな奇奇怪怪は見事に突破してやりましたって事なんですがね。

OKOK、僕は物を作る人生の道程で一つの轍を見つけました。
別に今にも消え入りそうなとか微かに見えるとか、そんな代物じゃありません、定型として確固と存在する鉄の轍です。
ただ、脱線しやすいって事なのです。
「脱線」と言う言葉としての意味は正しいのですが、少々ニュアンスが違います。
線路とか、道路とか、レールとか。
そんな物に比べれば「脱線」する確立と頻度が桁違いに高い。
だから「轍」なのです。
正直、不安ですけど。
それでいたって方向を間違えなければいいんじゃないかな。
そう、思うわけです。

9月25日の日記

2005年9月25日
今日は通常で行きましょう、いきまっしょ。

何か台風来てるみたいですね。
最近は台風やら竜巻が多くてカトリーナだかリタだかブレアだか。
そんな女性でロシアっぽい名前しか浮かんできません。
今回来る台風は東京を直撃するのでしょうか。

正直、僕は直撃した挙句、立て篭もり潜伏なんて。
そんな展開を切望してしまうのです。
だって、最近の台風って直撃しないんですもの。
最大風速更新!過去最大規模!、そんな前評判も空しく大抵のヤツは肩透かしを食わせてるじゃありませんか。
その度に、「またシンカーかよっ」 なんてガッカリするのはもう嫌なのです。
こっちは準備万端なんだからよ、カモン!みたいな?
いい加減、台風さんも自然の力を僕に見せたほうがいいと思いますよ?
正直、舐め腐って驕りまくってますよ。僕は。
ここらで家の屋根くらい飛ばしてみるのも一興かもしれませんね。

そういえば、西尾維新の新作が出たらしいですが、あの薄さで1500円も出せないのでまだ未読の春原です。
どなたか内容と醍醐味を教えては貰えないでしょうかね。
期待したい事態は、曰く単純な僕を惑わす三重苦です。
新作の評判は良く無いようですが。
頭出た釘は打たれる、だがそこから次が生まれる。
そんな展開も嫌いじゃ無いですよ。
近頃流行の男の子な僕ですが。
いたく世間一般の事象に不満がある訳ですよ。
何か、何か、何か無いかなって、そんな感じなんですよ。
おもわず出家した僧侶も係員の制止を聞かずにステージに乗り込んでしまう様な、そんな何かが欲しい訳ですよ。
あんまり「何か」って言葉を使うのは知性の敗北かも知れませんので、出来れば使いたくは無いのですが、それでも何かが欲しいのです。

だから。
僕は自分から仕掛けて行きたいと思います。
王子様のキスを待つだけのお姫様なんてはやらねーって訳です。
最近の少女趣味って凄いんですね。
僕もびっくりです。

12の干支を軸に心温まるハートフル恋愛少女漫画な本作ですが。
定例道理、蛇使い座みたいな隠しキャラ的存在が話を盛り上げていく訳です。
隠されていたからその分、他の星座よりも特殊?みたいな?
そんなイニシアチブを乱用するのはズルイと思う僕なのですが。
それは兎も角、女の子主観で繰り広げられる甘くて切ないストーリーは僕にも多大に共感できうる物なのです。
とは言っても僕は僕ですし、男ですし、女性主人公キャラには共感でき得ない話なのですが。
むしろ話の展開等に男性特有の「俺の夢」的な香りがするのはきっと作者が男性なのだからでしょう。
男性なのですよ?

いたく昔にクラスの女生徒から「ミントな僕ら」を見せられた時には性の乱れを酷く感じたものですが、昨今は規制が良い方向に行ったのでしょう。
その様な際どい表現を見る機会は無くなった様です。
願わくば少女がジャンプやらコバルト文庫の洗礼を受ける前に。
良作の少女漫画に出合って欲しいものです。



ひさし方ぶりの日記は手が全く進まず、改めて自分の文才に驚いてしまいます。
こうやって良いアイデアが浮かぶまでキーボードを無意味に叩くのは現代の雨乞いかもしれません。
願わくば雨の様に。






ISBN:4592178882 コミック 高屋 奈月 白泉社 2005/09/16 ¥410

煙か土か食い物

2005年9月10日 読書
これが噂の舞城か。
そう、今回は舞城王太郎が主管です。
今、現代でもっとも世間一般の世界に近いゼロの波が舞城です。
世間一般の世界から弾き飛ばされて出来たゼロの波が舞城の手によって、再び還ろうとしているのです。
そこに有るのは恨みか辛みか凱旋か、波の波紋は再びゼロを寄せるのか返すのか。

舞城作品には大きな特徴が有ります。
緻密な一人称で粉々な世界をさらに破壊すると言う特徴です。
ミステリと言うジャンルに身を置きながら、夢もファンタジーも有りません。
しかしながら、舞城作品はミステリ以外の何者でも無いのです。
ミステリと言う単語自体が非常に曲解の代物なので、分別には難解を極めるのですが、舞城作品はその曲解な代物の方程式に何も代入せずにミステリと求められるのです。

この舞城作品も百?はファンタシスタな訳なので、実際に手に持って見て下さい。
恐らくは壁本にはならないと思いますが(クリスマス・テロル並の壁に向かう速度も破壊力も無いですので)おすすめできます。
ただ、僕はミステリなんて読まないほうが良いと思いますし、得る物も無いと思いますし、本当は読んで欲しくは無い所です。

これからの世の中で新たなキーになり得る物を紹介する僕の日記ですが、今回の舞城紹介は何とも言えません。
願わくば、願わくば。
まず一読してみるのも人生って奴だと思う訳ですよ。













ISBN:406274936X 文庫 舞城 王太郎 講談社 2004/12 ¥580

FLCL フリクリ

2005年9月1日 映画
もしも、君が僕の隣にいて。
TVで遠い国のニュースを一緒に見ていたとして。
もしも、そのニュースに泣いている子供が映っていて。
その子供が僕の隣に居たら、僕は手を差し伸べるよ。
想像してごらんよ、天国は無いって、地獄も無いって。
君が死んで、遺書を残したとして。
それが長文だったら遺族も飛ばし読みするって。
そう、想像してみるんだ。
フリクリがどんな物なのかって。

いつもと違った切り口から進むのにも訳があります。
正直、僕の主成分の4割はフリクリから出来ています。
だからフリクリを切ると言うのは、実に難しいのです。

ポストエヴァンゲリオンとして、ガイナックス新鋭の鶴巻が生み出したフリクリは非常に多くの要素を含んでいます。
少年時代の苦い思い出や、一人じゃ無い川原や、大人のタバコ。
それらの日常をペンキで塗りたくった様にSFとジュブナイルで埋め尽くします。
その塗りたくられた空間の僅かな隙間から吹く風は、きっと貴方を虜にするでしょう。
文でこの魅力を記すのは無理なのです。
どうか、どうか、フリクリを実際に見て下さい。
5年先までこの作品を越える物は無いと分かるはずです。
もしも、実際に見て気に召さなかったらば、僕に言ってください。
僕は出来る限り、出来るまで貴方を想像して、フリクリの説教をしますから。
春原氏、一押し。
そういう訳ですよ。
見て下さい。

8月31日の日記

2005年8月30日
やっべ、やっべ、部屋綺麗、お部屋が可愛くなっちゃった。
すっげ、すっげ、いい香り、好きな人のシャンプーの匂い。

部屋を大仰に片付けたらば、僕は馬鹿みたいに感嘆詞を連発しました。
元来O型の僕は情に厚いため、部屋の小物や本を捨てられずにいました。
でもね、とってもいいよ。
お掃除って素敵だね、お嫁さん候補の条件は掃除上手に決定ですね。

夏もそろそろ終わりの陰りを見せ、僕の町は涼しくなりました。
今年の夏は十台の貴重な時間の一片を担えたのでしょうか。
戻ってくる訳でもないけれども、かと言って過ぎ行く速度は変わらない青い夏。
それならばいっそ、斜めを見ずに。
お天とさんを仰いでみようか。

だから、だから、だけど。
バイトに行って来ます・・・。
今日は部屋のお掃除をしなくてはいけません。
「いけません」この言葉には強制では無く、部屋の掃除をすると言う権利の意味なのだけれども、実はあんまりしたくない。
けれどもやらんではイカンのよ、そんな自己嫌悪に似た意味になってしまいます。

今日はバイトが休みなので珍しく通常日記なのですが、今現在こうやって書いていて一つ気がついたことがあります。
なんかね、僕って批評と散文しか書けないみたい。
極端に自分の地を隠したがる文格みたいです。
シャイなんですね、シャイなんですよ。

日記を書くと1日30件程度のカウンタの回りを見ていて嬉しくなります。
見てくれている人がいるんだなぁ。。。そんな気持ちは感謝の念以上の何か生きていく上での目に見えない物を僕にもたらしてくれます。
こうやって干乾びた言葉を繋いで、皆様との交流が出来る事はいたく必死な僕を更に必死にさせます。
そんな流転の毎日を生きる姿は、さながら若い頃のブンタスガワラ。
イエー、間違ってない。間違っていないのです。
だから僕は交流したいのです。
皆様と皆様と、自己を深めて共に生きたいのです。
だから、こんなぼくだから。バイトも休みだから。
みんな、遊ぼうぜ!

そういう事なんですよ。
そういう頃なんですよ。

序盤に糞つまらないAと言う事象を描いて。
中盤に茶を濁して。
終盤で脱線する。
僕の文はまさに水曜日生まれなのでした。
凛とした直線はそれ自体が韻を踏むかのように交差する。
それらが紡ぎ合わされば空間と成り、曲線美を浮き彫りにする。
単純明快な絵柄は空白すらも記号の一つとして脳の中にイメージを形成して、それは無駄が何一つない本作の構図と書き込みに縁って「センスの良い絵」と成り、絶え間無い風の様な疾走感を呼ぶのだ。

近未来のちょっと有りそうで絶対無いオーバーテクノロジを思春期の少年に与えてみよう。
そしたらこんなのが出来ましたよ、って感じの本作です。
文字数は少なくないのに板垣恵介ばりの瞬間通過ページ数を味わえるのは、少年漫画+αの仕業かもしれない。
そのαがお色気なのか才能なのかは分かりませんが、今が旬のこの作者にはまだ解き明かせない要素が含まれています。
それは2年5年先を読み解く上で欠かせない物なんじゃないかなと
そう、思う訳ですよ。
だから外せない本作を是非とも。
読んで頂くのも素晴らしいと。
そう思う訳ですよ。







ISBN:4063635627 コミック 大暮 維人 講談社 2005/08/17 ¥410

妖幻の血

2005年8月21日 読書
秀逸っ・・・!
こいつは実に秀逸な訳ですよ。
パッと見の絵柄はサブカルチャー全開のどこかで見た事の有る様な・・・? 地雷獣?羊のうた?
まぁ、それはいいんですよ。
そんな絵柄で内容は古いフランス映画って言うんだから、それはもう漢字で浪漫って書いちゃう訳ですよ。
漫画の漫は浪漫の漫とでも言いましょうか、多少踏み込んだ話をすれば、漫画とは単にサブカルチャーであると言う原典に回帰するべきな作品と言えるのでは無いでしょうか。

話の内容をお話しましょう。
兎角ありがちな古き日本の○○浪漫な時代背景が舞台と成る本作
勿論ご安心下さい、椎名林檎の様なインチキ漢字は出ては来ません、どちらかと言えば斜陽族を地で行けそうな雰囲気なのでアンニュイ振りたいニヒリストな方にはピッタリの代物とも言えましょう。
そんな作風に少女が2人、登場するのですが。
不思議と今の世間の風潮と外れているのです。
シチュエーションはぺドの謗りを受けるに相違ないのですが、不思議と受けない訳なのです。
それは先ほども述べたとおり、ちょっとフランス映画?みたいな?えっ、お洒落なの?タランティー?みたいな?
敢えて言えばロリコンさんからサブカル少女、安楽椅子探偵の方々にまで受ける印象は間口が広いと言えましょう。
だからこれを機にロリコン等の香りのする作品を嫌っていた方々にこの作品をお勧めしたいと思います。
そして今作の様な前例をもって、ペドフィリア作品に対する迷妄の闇を知性の光で払って欲しいものです。

と、こんな事を書いていると僕の人格まで疑われてしまいそうなのですが。
僕はいたって普通なのでご安心を。
しかし、何がデフォルトなのか分からないのが今の現代と言えましょう。
なぜなら国民の6割がハードゲイと口にしたことがあり、あと数年後のジェンダーフリーの軋轢はどうなるのでしょうか。
美少女ゲームは「美女」ゲームでは無く、「美少女」ゲームである事の異常さに気がつかない今。
次の世代の覇者は誰になるのか分からない訳なのですが。
そんな群雄割拠を制するキーは案外こんな古臭いサブカルチャーなのかもしれません。
さすれば本作「妖幻の血」。
一読の機もまた一興かもしれません。
そんな訳ですよ。



ISBN:4757510713 コミック 赤美 潤一郎 スクウェア・エニックス 2003/12/22 ¥580

はずめまして

2005年8月18日
僭越ながら一方的なリンクをお許しください。
遂に、最終巻の一歩手前になる本巻な訳ですが。
もしも書店でこの本を手に取り、数秒の間ズボンを弄っていたり、背表紙を眺めている人を目撃したらば、僕はこう言うのでは無いでしょうか。
おっと、それはブービー賞だぜ。
いや、別にケツから一歩手前が悪いとかそういう思案は皆目ありません。

元々、この戯言シリーズの作風は変わった物です。
よく言えばクールな、ありがちな主人公の周りで起こる事件をそのありがちな主人公の独白じみた解釈で進んでいくスタイルでした。
このスタイル、やってみればよく分かる事なのですが膨大な字数が必要になるのです。
それは商業的には凄まじく効率の良い事なのでしょう。
すべてに置いて展開が遅く、それでいて物語に深みの出る素晴らしい手法と言えます。
しかしながら、強大な敵を倒すべく努力をして仲間の犠牲等により敵を倒すとまた新たな敵が出てくる。
そんな仲間の数が続く限り話がヒートアップするドラゴンボール的な展開を嫌えば、過去に何かが有った的な展開を出すしか無いのです。
この戯言シリーズもその典型に洩れる事は出来なかった様で、過去を切り売りして話は展開していく訳なのですが、驚くべきことにこの作者はとんでもない手法を打ち出したのです。
伏線を張るだけ張っておいて、それを回収せずに新たな伏線を張る。
この風呂敷を畳まずにその上に大風呂敷を敷く手法。
話に物凄い深みと、サイドストーリの充実、恐らくば常人には考えもつかないであろう展開を容易く生み出せる手法です。
僕が知っているだけでこれほどの大風呂敷を敷く作家はこの西尾維新を除いてありません、誰も使わないのです。
何故ならば、それは最終回に向けての伏線の回収に尋常では無い手間と時間が掛かるからなのです。
戯言シリーズ第5巻辺りで、話の矛盾点等及び収拾の問題でそろそろ畳み始めるのでは無いだろうか、そう僕は思っていました。
しかしながら、僕のそんな意図とはまったく正反対に話は拡大し続けるのです。
そして残るは最終巻だけとなった今、僕はこのネコソギラジカルを読んで改めて言います。
最終巻では超展開が繰り出されるでしょう。
これはもう覆すことのできない決定事項なのです、話の語り部が変わる事を除けば超展開しか残された道は無いのです。
ただ、超展開を繰り出せば・・・・・・。
すべからく物語には終わりが用意されている訳ですが、超展開とは最後に打つものなのかもしれません。
後はしーらねっ!、的な事が地で出来るからこそ最終回には超展開なのかもしれません。
だから僕は言うのです。
こいつはブービー賞だぜ、と。

長文のお付き合いありがとうございました。
別に批判に熱が入ったとかそういう事ではなく。
珍しくの長文も僕がこの作品を愛しているからこそなのです。
それでは。

ISBN:406182399X 新書 西尾 維新 講談社 2005/06/07 ¥1,134

8月18日の日記

2005年8月18日
何か、何かをやらなければいけない日々はとうに過ぎて。
今は追われた何かが無い日々だ。
何かを見失ったのか、そんな物はもう無いのか。
仮定の道すら踏み外した昨日、もう戻れない今日。
何時だってこの一秒一日には色んな要素が含まれていて。
本当に重要な物は明日にならないと分からない。
だから少年時代にありがちな孤独や、元々無い夢を探す日々や。
最終回だけ見逃してる半端な幕切れを、そう言う物を大切にしていきたい訳ですよ。
そんな物がいつまで経っても無意味だとしても、それにしがみついていたい訳ですよ。

8月16日の日記

2005年8月16日
近頃流行りのドラゴン桜。
この題名、ドラゴンヘッド的に解釈すれば桜の如く改新が在るのでしょう。
合っているかどうかは分かりませんが。
内容的にはね、それはもう、思わずムカっと来てしまう訳ですよ。
もうね、「受験の帝王」これね、正しく。
ただ、後者の方が断然面白い。
んー、前者を椎名高志とすれば後者は鴨川ツバメ。
だから後者の話をしようと思います。

主人公のケイジ君は受験生です。
Cランカーって言う程度の偏差値と志望校の知名度とで悩んでおりました。
そこに登場するのが「師匠」。
全編を通して「師匠」です。
その師匠の受験テクニック及び心意気に感服してケイジ君は三戸の礼を帰して「マグナムケイジ」と改名するのでありますが。
そんな一風変わった作風は正しく確信犯な物なのです。
受験に置けるドラマ、社会風刺、回脱。
それらが美しく噛み合った様はまさにフュージョンと言えましょう。
この受験の帝王はドラゴン桜が著される5年ほど前に打ち切られており、ドラゴン桜は追走の形を取っている事は明らかです。
しかし、パクリとかそういう事を言いたい訳ではありません。
今、ドラゴン桜がドラマになるほどのヒットを飛ばしていながらも、そのパイオニアは打ち切りの憂いの目に合っている事実。
いつの世も生まれてくる時代を間違える物は多すぎるのではないでしょうか。
と、そういう訳なのですが。
「受験の帝王」の最終話にこんな言葉が在ります。
「人生どこだってブロードウェイ、踊り続ける気持ちがあれば何時だって主役」
願うならば、ドラゴン桜の最終回にもこんな台詞が書かれて。
それを見てニヤニヤしたい。
そう思う訳ですよ。
遂に出ました04巻。
話の内容はグッと親近感の沸かない日本編へとトラックバック。
おっと地震だ・・・。
そんなこんなで全編を通しての迫力抜群のガンアクションとリスキーなスラング満点がキラリと輝く本作ですが。
話の内容的には殆どゴルゴ13ですから気に為さらずに。

しかしながら、この「ブラック・ラグーン」。
様々な要素が盛り込まれております。
ミリタリー大好きっ子から班を分ける時に余っちゃうシャイな子、もちろん夜間学校のインテリから大きなお友達まで。
すべてを遍くカバーしつつそれでいて媚びない作風は正しくクールに一言に尽きます。
きっと、この本書は大人を演出したい子供向けの作品なのでしょう。
それはガンダムで言えばゴックであり、ポテチで言えばコイケヤ的な、ジーンズならばリー的な物なのです。
勿論、本当の大人は敢えて王道を選ぶものなのでしょう。
ボールとかジムとかそんな所で妥協せずに、ガンダムハンマーを振り回す物なのです。
それはペプシでは無く、ダイエットコーラを選ぶのにも似たある種の自虐であり、「別にダイエットコーラを飲んだところで痩せる訳じゃなく、本当にダイエットしている方にはお勧めできませんよ」的なマイナスな存在意義を敢えて楽しむ物なのです。
だから、本当の大人は「ブラック・ラグーン」は読みません。
むしろ読んでいる方は大人とは言えないのかもしれません。

そう、つまり本作はイカ臭い訳ですよ。
真の大人=ナイスミドルはイカ臭いより乳臭いを選ぶ物なのです。
だから「BOMB」より「コロコロ」を選ぶ訳ですし、絶対に本作は選ばれない訳ですよ。
と、まぁ色々な引用を用いてこの「ブラック・ラグーン」を切ってみた訳ですが。
切った所で僕も子供、同じ穴の狢。
オスギにピーコな訳ですよ。
・・・でもそんな自分が・・・、僕は嫌いじゃないぜっ!
てな訳ですよ。


ISBN:4091572049 コミック 広江 礼威 小学館 2005/07/19 ¥560
あいやー、やられたね。
最終巻だってさ、半分読むまで気がつかなかったさ。
でも、実に「語感」の良いハッピーエンドでしたよ。

最後はみんなが違う道を行く。学生達の特別な仲間と特別な場所、そして特別な季節の終わりっていう物は大概そうなんじゃ無いかな。
それは実にリアルで、正に大人になるって事なのかもしれない。
だからそんな最終回のハッピーエンドを呼んだ僕は少しだけ悲しくなってしまう。
幸せな将来よりも幸せな今が恋しいって、そう言う事なんだよ。
それが学生時代を生きている現在進行形の僕が受けた感想であり、この最終巻が最終巻である所以だと僕は思う。
もしも、もしも最終回に至る流れと最終回の話がやっつけだとか、強引だとか。
そんな風に思ってしまう人がいたらなば、仮定の話だけどね。
それは小さな間違いだと僕は独り言を言いたいね。
ほら、映画のスタンドバイミーを思い出してご覧よ。
少年時代のすべてが濃縮されて、むしろ青春の日々の一ページが負の遺産に感じられる位の作中に比べて、終わりの辺りはどんなにアッサリしていたか。
でも、それが大人になるって事なんだなぁと、そうは思わないかなぁ・・・。
どんなに親しくて、強烈な体験を共有した仲間であっても。
ただ何となくで疎遠になったり離縁したり。
そんな見えない力があるのを表現しているのだと、そう意訳して欲しい。
だから「彼氏彼女の事情」の最終巻は見事に役目を果たしている訳だと、そう思う訳ですよ。

8月9日の日記

2005年8月9日
今日の日は二度とは帰らないけれど、今は現在進行形で続いているのかもしれないけれど、今と過去と未来の地続きは嫌になってしまう。
今、この瞬間に変わったとしても。
0から正のベクトルに超越する勢いで変わるとしても。
今と過去が分断では無く連続しているならば、僕は限りなく0に近い。
だから、だから、僕は眠る訳ですよ。
寝てる間の時間は僕にとっては無意識の灰汁で、それが煮詰まっている間は分断されている訳ですよ。
だから目が覚める時には、目覚める時には変わってるのかもしれないのですよ。
だから僕は眠るのですよ。

夢で会えたらいいですね。

8月8日の日記

2005年8月7日
何も無かったし、何もできなかった。
それはそれでそういうものなんだって、気取ってもいいかもしれない。
でも機を失ったのは確かだし、別にどうでもいいよと思った所で何も救われない。
実物としては何も失ってはいないけれども、得る機会は無くなった。
それは「俺、本気だせばできるけどさ、今は出してないだけ」みたいな流行の風潮のせいかもしれない。
正直、もうそういうのって古いとね、そう思うわけですよ。
だから僕は、ロックをする訳ですよ。
空虚な疲労感も、全部ロックに。全部ロックにして生きたい訳ですよ。

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