「7年越しの恋が実った気分です」
「あー・・・、そう言えばアンタって未だに頑張ってたんだっけ」
「はい、ブームの後も地道に呼び出し掛けてたんですよ」
「ふーん、アンタも何ていうか・・・マメよね」
「ライフワークでしたから・・・」
「しかしまた7年もどこで道草食ってたんだか、この大ちゃんは」
「道に迷っちゃったりしちゃったんですよ」
「んまぁ実際来ちゃったんだからデモもストも無いけどさ、それにつけても今更来なくても良いのに」
「私はこれで本望ですよ」
「はぁ、恐怖の大王現るってのはこの事だわね」
大陸は裂け、海は枯れ、空は太陽が昇らなくなった。
そんな時に言いたい台詞がある。
そんな事を、妄想の事態を想定して台詞を考えるのは酷く楽しい事を僕は言いたい。
もしも、現実として序文の様な事が現実として起こったならば、僕はその必迫とした状況に飲まれてしまい、妄想として考えた台詞などは出てこないだろう。
だから今、セーフィティーを楽しむがの如く、こうやって台詞を考えるのだ。
では、今回の「今日の5の2」。
これも今現在の自分から、過去の自分を省みて楽しめる作品と言える。
言わばそうそう起こりえぬ状況を想像しつつも、そんな妄想とも言える状況を自分がかつて体験してきたリアルな経験と照らし合わせてみる。
そうすると自ずと明らかなズレ、言わばギャップが生じるのだ。
そのギャップは確固として存在するが、それを楽しむ事は可能なのだ。
「あの時ああすれば・・・」
「あっちを選んでれば・・・」
過去を悔やんだとしても、決して過去は修正できない。
しかしながらも人は過去を思うのだ。
後悔と言う矛盾漢字が存在する以上、その修正できないリアルな過去と妄想する過去のギャップには何かしら魅力があるのでは無いだろうか。
うん、多分無いね・・・。
どうなんだろうね。
もう、どっちでもいいや。
って、そんなグダグダ感を楽しむのも新成人たる勤めだと思う訳ですよ。
うん、言ってみたかっただけだけどね。
「あー・・・、そう言えばアンタって未だに頑張ってたんだっけ」
「はい、ブームの後も地道に呼び出し掛けてたんですよ」
「ふーん、アンタも何ていうか・・・マメよね」
「ライフワークでしたから・・・」
「しかしまた7年もどこで道草食ってたんだか、この大ちゃんは」
「道に迷っちゃったりしちゃったんですよ」
「んまぁ実際来ちゃったんだからデモもストも無いけどさ、それにつけても今更来なくても良いのに」
「私はこれで本望ですよ」
「はぁ、恐怖の大王現るってのはこの事だわね」
大陸は裂け、海は枯れ、空は太陽が昇らなくなった。
そんな時に言いたい台詞がある。
そんな事を、妄想の事態を想定して台詞を考えるのは酷く楽しい事を僕は言いたい。
もしも、現実として序文の様な事が現実として起こったならば、僕はその必迫とした状況に飲まれてしまい、妄想として考えた台詞などは出てこないだろう。
だから今、セーフィティーを楽しむがの如く、こうやって台詞を考えるのだ。
では、今回の「今日の5の2」。
これも今現在の自分から、過去の自分を省みて楽しめる作品と言える。
言わばそうそう起こりえぬ状況を想像しつつも、そんな妄想とも言える状況を自分がかつて体験してきたリアルな経験と照らし合わせてみる。
そうすると自ずと明らかなズレ、言わばギャップが生じるのだ。
そのギャップは確固として存在するが、それを楽しむ事は可能なのだ。
「あの時ああすれば・・・」
「あっちを選んでれば・・・」
過去を悔やんだとしても、決して過去は修正できない。
しかしながらも人は過去を思うのだ。
後悔と言う矛盾漢字が存在する以上、その修正できないリアルな過去と妄想する過去のギャップには何かしら魅力があるのでは無いだろうか。
うん、多分無いね・・・。
どうなんだろうね。
もう、どっちでもいいや。
って、そんなグダグダ感を楽しむのも新成人たる勤めだと思う訳ですよ。
うん、言ってみたかっただけだけどね。
コメント